2008.06.19

韓国・自転車珍道中は始まった。これからだ。

新井さんと私、二人は自転車に乗って、この08年4月25日から、韓国珍道中をはじめた。
本当はもっと早くからはじめたかった。若いうちにした方がいいと思ったのだが、
新井さんの会社などの事情で、そうはならず、今年からはじめることになった。
とにかく始まった。

自転車で韓国全土を制覇し、最後には38度線を自転車で越えることだ。

新井さんと私はいいコンビだ。
それぞれ役割が決まっている。別にこうしようと決めたわけではないが、
自然にそうなった。
新井さんは私より若いだけあって、自転車を担いでバスに乗せたり、自転車にトラブルがあったときはなおしたりする。
新井さんは、自転車のパンク修理など良くできる。
わたしは、全く出来ないのだ。

私は韓国語が出来るので、スケジュールを決めたり、先頭を走って、道を尋ねたりする。
また、私はカメラが好きなので、記録をする。
ビデオカメラ2台と、デジカメ1台を持って、撮影する。
そして、webなどにアップして、記録を残すようにする。

本当に二人はいいコンビだ。
私一人ではとてもこのような自転車旅行なんて、できない。

ふしぎと、あうんの呼吸があう。
新井さんには、本当に感謝する。
これからも、いろいろと、迷惑をかけると思う。

いま私は67歳で、あと3年で70歳だ。
新井さんは61歳、共に5月生まれで、私の方が新井さんより、6つ年上だ。
3年で、韓国全国制覇ができるかどうか、分からないが、とにかく、全国制覇するまで、38度線を越えて行くまで、続けて行くつもりだ。

そのためにも、体には気を付けねばならない。
あまり、無理をすることなく、進めるようにする。

いま、2度の自転車旅行で分かったことだが、これからはもっと効率を考えて進むようにすべきだと思った。
坂とか、車だけ走る国道などは自転車で走らず、市外バスなどに乗って、その道は飛ばすようにしようと思った。

それで、高速バスターミナルか、市外バスターミナルがどこにあるか、前もって調べておいた方がいいことが分かった。
韓国での市外バスに自転車を乗せることは簡単であることが、今回わかったから。

泊まるところは、チムジルバンがいい。これを基本にする。そうでなければ普通の家で泊めてもらうこと。また、場合によっては、ヨインスク(旅の宿)に泊まるか、だ。

現在、釜山からはじめて、西の方へ進んでいる。南の端の島のまわりなどだ。
やがて、慶尚南道を過ぎて全羅南道へ進むことになる。

基本的にはこのように進むのだが、時には、済州道を廻ったり、陸地の方へ進んだりもする。それはそのときの気の向くままに進むのだ。

この自転車旅行は、ただ自転車を走るのが目的ではない。出会った人と話し合ったり、そして、その地方のおいしい物を食べたり、いろんな景色を見たり、体験することだ。

いろいろと、出会いがあった。
昌源での豚足屋と金さん。晋海のサンギョプサル屋夫妻、釜山食堂のアジュモニなど、親切な人たちのお世話になった。
これからも、多くの出会いに会うだろう。

このような自転車旅行の機会を与えてくれた、専務のバンジャと、長男である允男社長に感謝する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

韓国自転車珍道中<Part2>5日目

<6月5日>

朝早くチムジルバンを出た。
さいわい、雨は降っていない。

とにかく飛行機に乗るための、航空バス乗り場を探すことと、朝食を食べることだ。
韓国で朝早くやっている食堂は「ヘジャンクッ」をやっているところが定番。
そのヘジャンクッをやっているところを探すことにした。

特別なあてもなく、自転車を進めた。それらしく見える路地に入った。
釜山の地理は余り知らない。
地図を見ても、いま、私たちがいるところが、どこなのかもはっきりしない。
ただ、私の感だけで自転車を進めた。

ふしぎと、私の感は当たる。
面白い路地に入った。
40階段記念碑があり、石階段があった。しかも、いろんな彫刻も施してあった。
ほとんどが、朝鮮戦争のときの様子を表したものだ。

05847

05851

00oyako

階段の上には印刷街があった。
ソウルにあるのは知っていたが、釜山にもあるとは知らなかった。
もっと、見回って見たかったが、飛行機の時間が気になって、できず、次の時にまた来ることにした。

ヘジャンクッ屋があったので、そこへ入った。
私たちはヘジャンクッを食べて、身の回りを整理した。
食堂のおばさんに、空港バス乗り場がどこにあるか聞くと、近くにあるという。

時間は余裕があったので、ゆっくり食事をし、バス乗り場へ行った。
ロッテワールドを建築しているところの前だった。
さっそく、自転車を輪行袋に入れた。
バスを待ったが、1台目には間に合わなかった。

00793

バス停に書かれている電話番号に電話をかけて聞くと、30分に1台の割でバスはあるという。
バスが来たので、自転車をバスの荷物入れに乗せて、乗った。

金海国際飛行場へ着いて、そのまま、押し車に自転車を乗せ、大韓航空カウンターへ行った。
空港は新しくなっていた。

チェックインして、中に入った。
空港ビルが新しくなって、大きい。以前は狭く窮屈だったが、広くて気持ちがいい。
飛行機に乗ると、なんと、ビジネスクラスの席だった。
理由ははっきりしない。

関空に着き、空港バスに乗って、上本町都ホテル前のバス停留場へ。
そこには新井さんの会社、アプロスの社員が車で待っていて、その車で家に自転車ごと乗せてもらった。

Dsc00845

これで無事、韓国自転車珍道中<パート2>が終わった。

「鳳@bongのpage」に、写真が載ってます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.06.18

韓国自転車珍道中<Part2>4日目

<6月4日>

朝チムジルバンを出て、昨日着いたバスターミナルの方へ行った。
ターミナルの前にある食堂に入り、朝食を取りながら、店の人に道を聞いた。

現在の場所は統営の入口のところで、市内に入るのはこのように行くし、巨済の方はこのように行くと、地図を見ながら教えてもらった。

自転車で進んだ。しかし、この統営も坂が多い。しかも道がくねって分かりにくい。
あまり、見るところが見つからない。

海兵隊の記念テーマ公園のようなところがあった。
韓国の海兵隊が朝鮮戦争の時、はじめて北の侵略に対して活躍したという、記念公園だ。タンクなどが展示されていた。

03087

まあ、外国の侵略と闘っての記念公園ではなく、同族と闘ったことの記念ということは、複雑な気持ちだ。
韓国が共産主義国家にならないよう守ったのは、良かったのだろう。
これら、正しいかったかどうかは、未来の歴史が証明してくれるだろう。

この統営も李舜臣将軍の活躍が有名なところだ。
海辺に亀甲船が浮いていた。中に入ってみた。大砲などがあった。本当の亀甲船がこのような物であったかは分からないが、豊臣秀吉の侵略と闘った船とは、感無量だ。

03097

やがて、統営から巨済へ行くための大橋が見えてきた。
橋は二つあった。前からある旧橋と、新しい橋。私たちは旧橋を渡ることにした。
新橋の方は、車が多く通っているから。

03101

巨済もなんと坂が多い。
景色がいいところが多いと言うが、そこへ行くまでに、雨が降ってきた。
しかも、大雨だ。

03102

とにかく、釜山行きの港へ向かって進むことにした。
やがて、旅客ターミナルに着いた。
釜山行きの船は6時にあるという。着いたのは4時半頃だが、外は雨が降っているので、ターミナルから外へ出ることが出来ない。
結局、巨済島は何も見ることが出来なかった。

ターミナルで、雨に濡れた下着を着替えたり、濡れた物を乾かしたりした。
船が出るまで、1時間半、この待合室で待つことにした。

船の料金は一人19,700ウオン。私は年寄り割引ということで、16,800円。自転車が1台5,000ウオンだった。

05836

1時間10分で釜山に着いた。
釜山に着くと、大雨が降っている。仕方なく雨の中を自転車に乗って走った。
釜山駅の方面へ雨に濡れながら走った。

ある程度進むと、路地に入り、飲食店が並んでいた。
一軒の食堂に入ることにした。ちょうど、軒下があり、自転車をその軒下に置くことにより雨を防げることが出来る。それと、その食堂の看板にビンデトクという文字があったからだ。
私はこのビンデトクが好きだ。これはチジミの一種だが、チジミとは味が違う。日本ではあまり食べることが出来ない。

店内にはいると、お客は誰もいない。
食堂のアジュモニは乾いたタオルを出してくれて、雨にぬれた体を拭くように進めてくれた。そこで、濡れているのを着替えた。

ビンデトクなど注文をし、アジュモニにどこかチムジルバンはあるか聞いた。
「ありますよ」といい。電話をかけて、営業をしているか、聞いてくれた。
それと、自転車を置く場所もあるかを聞いてもらった。

食後にチムジルバンを教えてあげるといい。店をしめ、自転車で、その場所まで連れて行ってくれた。

この食堂は「セ・ブサン食堂(新釜山食堂)」という。
次に釜山に来たときはまた、この食堂に来ようと思った。

03104

チムジルバンはビルの4階にあった。
自転車はエレベータの横に、置いた。2台を一緒にくくりつけて。
新井さんは濡れた服を全部ドライヤーで乾かした。

疲れたようで、すぐ二人は寝た。
明日は、飛行機に乗って大阪へ戻るのだ。

「鳳@bongのpage」に、写真が載ってます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

韓国自転車珍道中<Part2>3日目

<6月3日>

朝6時からこの炭のかまから炭を出す作業があるというので、その見学をした。
めずらしいこのような物を見るのも、この自転車旅行の楽しみだ。

03056

7時頃、チムジルバンを出て、自転車を走らせた。

やがて、またトンネルが出てきた。
その前に、広い敷地の食堂のような建物があった。
朝飯をたべなくては。
そこへ入った。
アジュモニが庭の掃除をしていた。

まだ早いので、店の中は電気がついてなくて、暗い。
「食事はできますか」と、訪ねた。
返事が返ってこない。
早いからか、機嫌が悪いようだ。

「食事は出来ませんか」ともう一度いうと、
こちらに振り向いて、自転車に乗ってきたのを見て、驚いた様子で、
「出来ます」と、返事が来た。

どこから来たのかと尋ね、日本からですというと、ころっと、態度が変わって、親切になった。
「何をなさいますか」と、言葉遣いも優しくなった。

あとで、中から主人らしきおばさんが出てきて、
「どこまで行くのですか」と、不思議そうに訪ねてきた。

食事は、スジェビ(すいとん)だ。うどんみたいなものだが、美味しいかった。

食事をすまし、出発だ。
すぐ、トンネル。これで、韓国自転車旅行をはじめて3度目だ。
だんだんなれてきたが、あまりトンネルを通りたくはない。しかし、道がこれしかないからには、やむを得ない。

トンネルを越えて、しばらく行くと、観光案内所があった。慶南コソン(固城)観光案内所でいろいろ資料もあり、親切に応対してくれた。地図など資料をもらい、そこを離れた。

03059

堂項浦(タンハンポ)と言うところの、案内看板が見えた。
すこし、道から外れるが、行ってみることにした。そこは、李舜臣将軍勝利塔などがあるテーマーパークだ。一通り自転車で中を見回った。

03069

李舜臣の亀甲船が有名だ。
1592年の文禄の役(壬辰の倭乱)で、李舜臣は日本の水軍を破り軍功をたてるが、派閥抗争に巻き込まれて失脚してしまう。その後1597年の慶長の役(丁酉の倭乱)で、再度水軍の指揮をとり日本の水軍を撃退するが壮烈な戦死を遂げてしまった。という。

このテーマパークを後にして、海岸線を走った。
気持ちがいい。海の香りもいいし、このような景色なら、いくらでも、走れるような気がする。
刺身屋の食堂が海岸に続く。一軒の店に入った。
いけすを覗いてみると、シマダイが泳いでいる。新井さんが
「これ、食べよう」と注文した。6万ウオンだ。この店で一番高い物だ。
新井さんは「日本で食べると、とても高いんだよ」という。

食事をして、外へ出ると雨が降り始めた。
海岸線をしばらく走ると、やがて国道へ出た。国道は本当に自転車を走るのに面白くない。

03084

なぜか私のお腹の具合が、もっと悪くなってきた。
今日は食事も進まず、水ばかり飲んだ。ペットボトルの水を3本ぐらい飲んだと思う。
なんだか頭もふらふらする。
休むことにした。新井さんも、
「休んでください。いいですよ」と言ってくれた。

その上に、自転車を乗るとき、フロントバックのひもが車輪に絡み、転んでしまった。
足に少しの打みがあるだけで、たいしたケガはなかった。代わりにバックミラが壊れてしまった。

2,3時間休んだだろうか。
私はこれでは行けないと思い、観光案内地図に載っている案内所に電話をかけて、バス乗り場がどこにあるかを聞いた。
電話に出てきた、女性の方は親切に応対してくれた。
いまのいる場所は、どこか。知らないというと、まわりに見える物は何かと聞いて、場所を分かってくれて、市外バスターミナルを教えてくれた。

バスターミナルはあった。
そこで、統営行きのバスを探した。あった。人たちに自転車を乗せられるかと聞いたが、みなさんあまり知らないようで、的確な返事がない。

ある人が、ハンドルを横にすれば乗せられるだろうという。
自転車の前輪を外し、車輪を本体にくくりつけた。
私は切符を購入。やがて統営行きのバスが来た。私はバスの運転手に
「自転車を乗せられますか」と聞くと、
「乗せるスペースがあれば乗せられるよ」という返事。
荷物入れのトランクを開けてみると、スペースがあった。

05756

新井さんが、自転車をバスに乗せた。運転手は
「もう、出発時間ですよ。早くしてください」とせかされる。
とにかく、自転車をバスに乗せて、乗った。
料金は、一人1,800ウオン。安い。

バスの乗り心地は快適だ。
これから、大いに市外パスを利用すべきだと思った。
自転車を簡単にバスに乗せることができるし、料金は安いし、乗り心地はいい。

統営にバスが着くのはそう時間がかからなかったように思う。
バスターミナルに着いたのだが、すごく大きなところだ。
すぐ、自転車を組み立て、自転車に乗り、ターミナルを出た。

05786

お巡りさんがいたので、泊まるところを考えなければならないので、
「チムジルバン」はどこにありますかと、訪ねた。
お巡りさんは、私たちの自転車姿を見て、
「自転車旅行ですか。どちらの方へ行くのですか」という。
あす、巨済島の方へ行きますと答えると、そのお巡りさんは
「ここ、統営にもいろいろと見るところが、たくさんありますよ。せっかくだから見ていってください」と、いう。

言われるように、チムジルバンはあった。
同じビルに、ちょうど焼き肉屋があったので、夕食は焼肉にすることにした。
私のお腹の具合が良くないので、なまものより、焼肉なら食べられると思った。

新井さんの方が、具合が悪く、あまり食が進まない。どうやら昼にあまり食べたせいらしい。
チムジルバンで早めに休むことにした。

「鳳@bongのpage」に、写真が載ってます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.17

韓国自転車珍道中<Part2>2日目

<6月2日>

金さんの奥さんが、心を込めて作ってくれた朝食を食べて、出発をした。
自転車を組み立て、金さんと別れをした。
進むのは馬山、統営、巨済島方面だ。巨済島から船に乗って釜山へ行ったらいいと、金さんはアドバイスをしてくれた。

03038

少し自転車を進めていたとき、新井さんの自転車が、飛行機に乗せるとき空気を抜いたので、空気を入れても、どうも空気不足のようで、もう一度空気を入れようとした。そのとき、トラブルが起きた。仕方なく予備のチューブを取り替えることにした。

韓国はあまり自転車を乗る人がいない。しかし、たまに乗っている人を見かける。
私たちが進む道で、自転車がパンクして、困っている人に会った。
タイヤーに釘が刺さって、チューブに穴があいていて、困っていた。

新井さんはすぐパンク修理セットを出して、修理の手伝いを行った。それで、その人の自転車のパンク修理は治った。修理セットも差し上げた。

馬山市を抜けるとトンネルがあった。そんなに長くはなかったが、新井さんは乗って通るのが怖いといって、自転車を押して歩いて通った。

05598

やがて、カルグッス屋(手打ちうどんみたいな物)があったので、そこに入った。
韓国の地方で、そこの料理を食べるのもいい物だ。
このような料理は、日本では本当に味わえない。
自転車旅行の楽しみは、その地方のそこの料理を味あうのも、本当にいい。

国道がつづく。
これにはいやになる。景色はあまり変化がなく、ぶんぶん飛ばす自動車の横を、ただ自転車をこいていくだけ。これは、おもしろくない。時間も、もったいなく感じる。

次からは作戦を考えよう。このような国道が続く道は、バスなどに乗って、進んでしまい、景色を楽しめる海岸や野原など、または人々と会えるところを走ろう。

やがて、炭焼きチムジルバンがあった。
時間はまだ4時半頃だが、新井さんが、
「入ろう」と言ったので入ることにした。
きょうは早めに休もうと。

05627

これは正解であった。
翌る日に分かったことだが、次の人里までは、だいぶ離れていて、ここで泊まらなかったら大変な目に合うところだった。

これも、次からはどのへんに何があるか、おおよそは見当を付けておいた方がいい。

このチムジルバンは変わっていた。
名前が「チリサン・チャムスックル」(智異山堅炭洞穴)チムジルバンだ。
黄土で出来た洞穴がいくつもあって、熱い部屋、最高に熱い部屋、ぬるい部屋といくつも部屋があって、その部屋はそれぞれ温度が違う。
私たちは最高に熱い部屋にはさすが入らず、2番目に熱い部屋に入ってみたものの、すぐ出てきた。

今夜の夕食は食堂がないので、カップラーメンと缶ビールだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

韓国自転車珍道中<Part2>

<6月1日>

あさ、8時半ごろに家を出た。
12時50分発の釜山行きの大韓航空機に乗るのだから、早い出発だが、初めての輪行だから、余裕を持って早く出発したのだ。

上本町都ホテル前、関空行き空港バス停で自転車の前輪を外し、輪行袋へ入れた。やはりこの作業は30分は見なければならない。今後なれてくれば早くなるだろうけれど。

00589

9時発のバスには間に合わなかった。
9時30分発のバスに自転車を乗せ、関空へ。関空には10時半ごろ着いて、自転車は輪行袋のまま、押し車に乗せ、大韓航空のカウンターへ行った。
カウンターはまだ開いていない。着いたのが早かったのだ。

荷物として預けると、自転車を持ち込む人が結構いるらしく、係員はなれていた。
「はーい、自転車2台」と奥へ声をかけて、別に運んで行った。
自転車だけでなく、着替えの荷物などあわせると、二人で47キロになった。一人20キロまでなら料金がかからないというが、7キロオーバーでも大目に見てくれて、追加料金はかからなかった。

00602

釜山に着くと、金さん夫妻が迎えに来ていた。
前回来たとき約束をした。迎えに来てくれと。自転車を昌原の豚足屋まで乗せてくれと。
金さんが運転するボンゴ車に自転車を乗せ、そのまま、前回あのイイダコを食べたキジャンへ行った。

昼飯を兼ねて、刺身を食べることにした。
新井さんは本当に刺身が好きだ。いくらでもよく食べる。

その後、新井さんの母親のルーツ、金海の田舎へ訪ねて行った。
新井さんが持っている、母親に関するメモを何人かに見せながら訪ねた。
あるクモンカゲ(小店)のおばさんが、
「この名前、知っている」と、いい。その人に電話をかけた。

やがて、その人は単車に乗って店にやってきた。
その人は、新井さんの母の弟の息子であった。
一番近い親戚に会うことが出来た。

00648

その人の家へ行き、家族達と会った。
今日は、挨拶だけをして、別れることにした。
また、改めて、手紙を出し、会いに来ることを約束をして。

そこから昌原の豚足屋まではあまり遠くなかった。
豚足屋「ソウル・ワン・チョクパル」で、豚足と酒を酌み交わし、再会を喜び合った。
今夜はまた金さんの家にお世話になることにした。

金さんの家で、新井さんは歌を歌ったり上機嫌であった。

だが、私はお腹の具合が良くなく、元気が出なかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.08

韓国自転車珍道中<Part2>プロログ

2008年6月1日〜5日、韓国へ自転車珍道中<パート2>を行った。
新井さんと一緒に、今回は飛行機利用での輪行だ。

6月1日、あさ8時半頃に、新井さんと上本町都ホテル前の関空行きバス乗り場まで自転車で行き、バス乗り場で、自転車の前輪を外し、輪行袋に入れた。着替えなどの荷物も全て輪行袋の中に入れた。自転車はバスに乗せて、関空へ行った。

00589

関空ではそのまま、輪行袋に入った自転車を大韓航空のカウンターで荷物として預けた。二人で40キロを7キロオーバーしたが、追加料金はかからなかった。普通、荷物は一人20キロまでで、それをオーバーすれば追加料金がかかるのだが。

00602

釜山に着くと、金さん夫妻が迎えに来ていた。金さんが運転する自動車に自転車をそのまま載せ、前回行ったキジャン・テビョンへ。
そこで、前回と同じく刺身を食べた。
新井さんの母親のルーツの金海へ訪ねて行った。新井さんが持っていた、住所と名前でその住所の近くの店のアジュンマがその名前に見覚えがあると、電話をかけると、新井さんの母の弟の息子が単車に乗って現れた。

00648

その親戚の家に行き、家族達と会った。
つぎに、余裕を持って会いに来ると行って、別れた。

今回は、 前回の終了場所、昌原の豚足屋「ソウル・ワンチョクパル」屋を自転車で出発し、馬山、統営、巨済島へ。
巨済島から船を乗り、釜山へ。釜山から飛行機で大阪へ戻るコースだ。

一部、高速バスを利用した。前輪だけ外し、バスの荷物入れに乗せ、簡単に乗ることが出来た。市外バスを利用すれば、簡単にバスを利用して輪行ができることがわかった。

03102

大雨に遭い、ずぶ濡れになった。
巨済島の島から高速船を利用して、釜山へ。乗船料は16,100ウオン、自転車は1台で5,000ウオンだった。

釜山に着くと、やはり大雨だ。釜山駅方面へ大雨に打たれながら、自転車を飛ばして行った。しかし、このままではどうにもならない。適当な食堂へ入った。

今回も泊まるところは、チムジルバンに決めた。安く、気が楽だ。

Dsc03098

帰りの大韓航空はなぜか、ビジネス・クラスのゆったりした席であった。
家に戻ってみると大韓航空から手紙が来た。
「あなたは40回以上大韓航空を利用したので、morning calm会員です」と。
これからはチェックインのときも特別扱いになるし、荷物も30キロまでオーケーという。おお、これはいい!

これから、日をおって、報告しよう。

「鳳@bongのpage」で写真を載せてます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.05.31

韓国自転車珍道中<パート2>に出発

いよいよ明日6月1日から韓国自転車珍道中<パート2>に出発だ。
準備に、持ち物のチェックと、確認をすることだろう。

電池類の充電、カメラ用の電池、また、私は単三電池は三洋のeneloopという充電式ニッケル水素電池を利用している。充電して何度も使えるからだ。
これらの乾電池を全部十分に充電しておこう。ビデオカメラ2台に、デジカメ、後でgoogleマップに記録を残すためのGPS、韓国内で利用する携帯用カーナビ、音楽を聞くためのiPod、携帯電話など・・・。

今回は飛行機で行くことになるので、自転車を輪行袋にいれ、手荷物として預けなければならない。
そのために、自転車を輪行袋にいれる練習もした。

00538

飛行機輪行をした先輩達の話を聞くと、前輪だけ外して、輪行袋に入れて預ければいいという。ただ、完全に輪行袋に収まらなければならないという。

00533

輪行袋には完全に収まった。これでよし。

あと、自転車の整備だ。トモダサイクルへ午後5時に新井さんと点検をしてもらいに行った。
ネジのゆるみはないか、チェンジはスムーズに行えるかなど、全てチェックしてもらった。
新井さんはもし、チェーンが切れたときのことも指導を受けた。

00574a

さあ、これで、準備は全部できたのか。

明日は自転車に乗って、上六の関空行きリムジンバス乗り場まで、行く。
そこで、輪行袋に自転車を入れて、このとき、飛行機に預けるように、荷造りを完全にして、リムジンバスに乗せるのだ。

では、行ってきます。


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.05.30

韓国自転車珍道中<パート2>出発の準備

いよいよ6月1日から、韓国自転車珍道中<パート2>出発です。
そのための準備。
6月1日から5日までの4泊5日ですから、それにあわせる。

<パート1>で気づいたことは、とにかく荷物を軽くすること、でした。

今回の私の用意する物は、
サイクルメータや、空気入れなど自転車に装備している物を別にして。
1)下着3枚ぐらい。Tシャツ2枚、
2)自転車乗りのための、予備ズボン1枚。
3)簡単な雨具。
4)携帯電話、その充電器
5)ビデオカメラ2台、デジカメ1台。
6)これらのための予備電池。充電器。
7)予備ビデオテープ5本。
8)小型三脚。
9)GPS韓国のカーナビ、
10)そのための予備電池と充電池。
11)地図。
12)歯磨き、歯ブラシ、石けん、タオル、カミソリ
13)薬品(正露丸、龍角散(錠剤)バンドエイド)
14)懐中電灯、
15)軍手、
16)予備チューブ
17)工具
18)輪行袋

今回に荷台に載せるリヤーバックは止めにして、リヤーのサイドに取り付けるバックにしました。自転車に乗り降りするのに、後ろの荷台に物があると、不便だからです。
簡単なリュックと袋に荷物を入れ、サイドバックに入れるようにします。

00056

輪行の時は、リュックに全ての物を入れ、背負うようにします。
フロントバックは前回同様付けて行きます。
これにはカメラなど重要なものを入れます。

このぐらいかなと思いますが、なにか不足はありませんか。


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.05.12

韓国へ自転車珍道中<パート1>報告会

<5月10日>

新井さんと二人で韓国自転車旅行、珍道中の報告会を行った。
5月10日、午後6時半から、「KBSまだん」で。

まず、ビデオで撮影した映像を見てもらった。
ビデオ1台は自転車のハンドルに取り付け、走りながらの映像を撮るのと、
もう1台は手に持ち普通に撮影する、2台で撮影した。
それにデジカメで、スチール写真も撮りました。

ハンドルに取り付けた映像はゆれがひどくて、見づらいが臨場感がある。
特にトンネルの中を走る映像は、見る人も同じく自転車に乗ってそこにいる気分になる。

映像の上映は約1時間。終わってからは、缶ビールに、マッコルリ、チャムイスル、
そして、チジミ、キンパブ、豚足など食べながら、体験談の話を聞いたり楽しいひとときを過ごした。この日の参加者は、13人。

02761

02758

「ボンとチョンテの韓国自転車旅行珍道中」は、いま始まったばかりです。
韓国全土をまわり、最後には38度線を自転車で突破するまで、それは2年か、3年か、
それとも何年かかるか、まだ分かりませんが、始まりました。

次は6月1日。飛行機便を利用する。
次は本当の輪行になる。関空まではリムジンバスに自転車を乗せで行き、関空から釜山まで飛行機に自転車を乗せて行くことになる。前輪だけを外し、輪行袋に自転車を入れて、手荷物として、預ける事になる。

次の出発地は、昌原市東邑にある、お世話になった豚足屋「ソウル・ワン・チョクパル」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«韓国へ自転車珍道中<パート1>その4