韓国自転車珍道中<Part3>●7月24日<3日目>
あさ4時前に目覚めた。
朝市に行かねばと、5時にチムジルバンを出発した。
約30分で魚市場に着いた。
確かにアジュモニ達が、かぼちゃやトウモロコシ、キュウリ、大根などを売っている。
私たちは蒸したトウモロコシを買った。
新井さんは早速それを食べ始めた。
「うん、おいしい!」
韓国の田舎のおばさん達は元気がいい。
約30分ぐらい一通り見回って、食堂に入った。
ヘジャンクック、あさは韓国ではどこでも、ヘジャンクックだ。
お汁だが、いろんな種類があるようだ。ここではもやしに貝が入っているものだ。
ちょっと辛かった。
私は相変わらず、なんにも食べられない。このスープもそう飲めなかった。
海辺に沿って大橋の方へ進んで行った。
大きな鉄橋があった。チャンソン・三千浦大橋という。そう車は多くはなかった。
自転車は気持ちよく走った。どういう訳か、風がない。晴れなのだがなぜかモヤがかかっているようだ。
それでも橋の上から見る景色はきれい。
相当長い橋だ。
小さな島を3つほど過ぎてから南海郡に入った。
橋はみんなで4つあるようだ。
ます渡ったのが、三千浦大橋、次がチョヤン大橋、ヌット大橋、それから最後にチャンソン大橋だ。
畑や稲など良く育っているようだ。家もみんないい家だ。
しかし、暑い。
ガソリンスタンドによって、水をもらい道を尋ねた。次の橋までは相当な距離があるという。3,4時間はかかるだろうと言うので、バスに乗ることにした。
しかし、田舎であり、まだ朝が早いのでバスがあまり通っていない。
バス停留所に行き、時間を見ようとしたが、その停留所も余り見あたらなかった。
小さな店で、缶ジュースを買い、そのおじさんに地図を広げて聞いた。
おじさんは親切に教えてくれた。
バス停はあるが、橋のところまでだし、橋を越えればバス停があるので、そこからバスに乗って行けばいいと、教えてくれた。そして、島でのいまの見どころを教えてくれた。
バスはなかなか来ないし、もうこうなったらそのまま自転車で橋を越えることにした。
その橋の名前はチャンソン(昌善)大橋だ。やがて超えて行った。
朝9時15分頃だ。
バス停前に薬局があった。「ソウル薬局」だ。そこで聞くと約1時間後にバスがある。
店の中がクーラーが効いていて涼しい。
「中で待っていいですよ」と言ってくれた。
私はドリンクと栄養剤を買った。食事を余りしていないので、薬で補充しようとした。
バスは10時10分ごろ来た。乗って、ミジョまで行くことにした。そこの海水浴場がきれいと言うので、できればすこし泳ぐことも考えた。
この慶尚南道では有名なところのひとつだ。
運転手が「着きましたよ」と声をかけてくれた。
降りて、自転車を降ろそうとしたが、1台の荷台のドアが開かない。
どうしてもあかないので、自転車を降ろすことができない。
どうやら、乗せるときにドアのどこかに当たって、ドアが故障したらしい。
運転手は「無理にドアをきつく締めたから」とか、文句をいうだけ、解決方法を言わない。運転手は自分では開けられないから、工場まで行かなければならないという。
仕方なく、自転車を乗せて、工場まで行くことにした。
結局、島めぐりのバス観光になった。
まあ、これもいいか。バスから眺める島めぐりもいいとしよう。
来た道をまたバスは走った。前に乗った薬局前のバス停も過ぎてバスは行く。
少し大きめのバスターミナルでお客を全部下ろし、バスはバス工場へ行った。
工場の職人が簡単にドアを開けた。
自転車を降ろし、落ち着いたので、工場の人に水をもらったり話をした。
どこから来たかといわれ、大阪というと、
「MKタクシーの会長の生まれはこの南海島ですよ」家もあるという。
たまに、この島に里帰りをするという。
バスターミナルのあるところまで、自転車で行った。近くにあった。結構大きめのバスターミナルであった。
ここで昼食を取ることにした。
私は全く食欲がなく、なんにも食べる気がしない。
新井さんもそんなにお腹が空いてないと言うので、キンパブとスンデ、そしてビールを飲むことにした。
バスは1時間に1台ぐらい釜山行きがあった。
食事は1時頃から始まったので、1時15分発のバスを乗ろうと思えば乗れるが、そうあわてることもないので、次の2時5分発のバスに乗ることにした。
バスは快適に釜山へ向かって走った。外の景色を見るのもいいが、いつの間にか少し眠ったようだ。釜山のバスターミナルに着いた。
あわてて降りた。
この降りた場所がわからない。その辺の人に聞いた。釜山駅の方面はどう行くのですかと、地図を広げて見せた。
「地下鉄に乗ってゆけばいい」という。
「自転車です」というと、
そうですか。こちらの方向です。と教えてもらった。
しかし、距離のことを考えなかった。同じ釜山だから、そんなに遠くはないと思ってしまった。
自転車を走っても、道路の案内版が、らしき表示がない。
そうするうちに地図をうっかり落としてしまった。
釜山市の地図は1枚しかなかった。
方向がわからない。もちろん、行く先も漠然としている。
とにかく前回行ったことのあるセ・ブサン食堂へ行こうとした。そこは釜山駅の近くだ。
走っていると工場地帯だ。工場ばかりがある。
人に聞いた。釜山駅の方へ行くにはと、
「あの山を越えなければなりません。トンネルを通って行けば」という。
うわー、トンネルを通る気はしない。ではどうする、山をよけて遠く回り道をしなければならない。
しかたない。そうしよう。
それらしき方向へ向かって、自転車を走った。
すこし走っていると、観光会社があった。
中へ入った。
「釜山の地図はありませんか」
「うちは、海外旅行を扱うので国内の地図はありません」
「釜山駅の方向を教えて下さい」という私の願に、アガシは、ネットでその近辺の地図をプリントして、「ここをこう行って、この交差点を左へ廻って下さい」と教えてもらった。
とにかく、走って走って、セ・プサン食堂の近くまで来た。
電話をかけた。男性が電話に出た。
以前来たことのある自転車旅行の者だというと、
「聞いてます」という。
やっと、せ・ブサン食堂へたどり着いた。
時間は午後8時が過ぎていた。
バスを降りたのが4時過ぎ。だから、約4時間を自転車でこの釜山を走ったことになる。
落ち着いて、ビンデトクやビール、マッコルリなどを新井さんは食べて飲んだ。
私はビールも飲めない。好きなビンデトクも食べることが出来なかった。
日本から来ていることを聞いて、そこにいた別のお客さんから、
独島の問題を話しかけてきた。
私は「一般の日本の市民は、あまりこの問題に関心はありませんよ」
といっても、ひつこく話しかけてきた。
新聞にも「独島問題で日本と戦争をしたら勝てるか」とかという記事が載っていた。
適当に食事が終わり、
泊まるところ、チムジルバンを聞いた。
しかし、余り知らないという。
疲れているし、チムジルバンを探すの辞めて、モーテルに泊まることにした。
食堂の主人は近くにあると一緒にそのモーテルまで行ってもらった。
本当に近くのビルの6階にモーテルはあった。自転車も部屋に泊めることが出来るし、料金も一部屋3万5千ウオンだ。これは安い。
荷物を散らかしてもいいし、気が楽だ。
「鳳@bongのpage」には写真がアップされてます。
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